防衛装備庁助成研究への応募・採択に抗議し、その中止を求める申し入れ書
筑波大学長 永田 恭介 様
2020 年3 月11 日
軍学共同反対連絡会
共同代表 池内 了、香山リカ、野田隆三郎
私たち軍学共同反対連絡会は軍学共同に反対する運動に取り組んでいる学者・市民の団体です。私たちの趣旨に賛同署名してくださった市民・研究者4515名(3月9日現在)を代表して以下のとおり申し入れます。
大学は学問研究の場であり、学問研究の目的は真理の探究を通して、人類の平和と幸福の増進に貢献することにあります。人と人が殺し合う戦争は人類の平和と幸福を破壊する最たる行為であり、学問研究が戦争に協力することがあってはなりません。
前の戦争で科学者が戦争に全面的に協力した結果、人類に想像を絶する惨禍をもたらしたことへの痛切な反省に立って、日本学術会議は軍事研究との訣別を誓う声明を1950 年、1967 年の二度に亘って発表し、2017 年3 月にもあらためてそれら両声明を継承するとする声明(以下、17 年声明)を発表しました。
防衛装備庁の安全保障技術研究推進制度は、日本を再び戦争する国に逆戻りさせると危惧された安全保障関連法の成立と同じ2015 年に発足しました。同制度はデュアル・ユース(軍民両用)を掲げていますが、以下の事実からも同制度の主たる目的が将来の軍事利用にあることは明らかです。
(1)安全保障技術研究推進制度の平成31年公募要領に、「防衛分野での将来における研究開発に資することを期待し、先進的な民生技術についての基礎研究を公募・委託するもの」と明記されている。
(2)17 年声明が「(同制度は)将来の装備開発につなげるという明確な目的に沿って公募・審査が行われ、外部の専門家でなく同庁内部の職員が研究中の進捗管理を行う」と述べている。
このような軍事利用が明白な制度に最高学府である大学が応募することは、学問研究を本来の目的から逸脱させ、学問研究の軍事協力を推進し、軍事研究との訣別を誓った先人たちの痛切な反省を無にするものです。
貴学は昨年、防衛装備庁「安全保障技術研究推進制度」Sタイプ(大規模件空課題、5年間で20億円以内の供与)の二次募集に応募し、採択されました。同制度が発足した2015年度以来、Sタイプに採択された大学は貴学が初めてです。今回採択された貴学の研究テーマは「高強度カーボンナノチューブを母材とした耐衝撃緩和機構の解明と超耐衝撃材の創出」です。様々な兵器や防衛装備品において、衝撃に耐える素材の開発は極めて重要な意味を持っており、貴学がこれを「民生にも使える基礎研究」と考えようと、防衛装備庁が20億円も出すのは兵器や装備品に利用するためにほかなりません。
安全保障技術研究推進制度への大学からの応募は、17 年声明の発表もあって、発足年の58 件から年々、減少の一途をたどり、2019 年(一次公募)は8 件にまで激減しました。このように全国の大学において同制度への応募の自粛が進むなか、国立大学協会会長校である貴学が率先して同制度Sタイプ(大規模研究)に応募・採択されたことは決して許されることではありません。
以上述べた諸理由により、私たちは貴学の安全保障技術研究推進制度への応募・採択に強く抗議し、採択された研究を中止するよう申し入れます。
《資料》筑波大学への連絡会の質問と、筑波大学からの回答
《質問1》
安全保障技術研究推進制度の平成31年度公募要領には「防衛分野での将来における研究開発に資することを期待し、先進的な民生技術についての基礎研究を公募・委託するもの」と明記されています。このように将来の軍事利用目的が明白な同制度の公募研究に従事することが、人道に反しないと判断した理由は何でしょうか。
【筑波大学の回答】
「人道に反しないこと」については、本制度の公募要領に「先進的な民生技術についての基礎研究を公募・委託します」「特に、新規性、独創性又は革新性を有するアイディアに基づく、科学技術領域の限界を広げるような基礎研究を求めます。採択に当たっては、防衛装備品への応用可能性は審査の観点に含めていません。」と明記しています。
本学審査委員会において、本申請の研究内容は新規材料に関する基礎研究であり、軍事兵器への応用を意図したものではないことを確認しております。
《質問2》
貴学は「広く民生利用される材料の基礎研究であり、軍事研究ではない」と主張されています(3月2日東京新聞茨城版)。しかし上述したように防衛省は「広く民生利用される材料の基礎研究」を軍事に利用しようとしているのですから、貴学の「軍事研究ではない」という主張は、たとえ貴学がそう判断されたとしても、適切ではないと考えますが、いかがですか。冒頭に記した貴学の主張は貴学の同制度への応募を正当化する理由にはなり得ないと考えますが、いかがですか。
【筑波大学の回答】
本学においては、平成30 年12 月13 日に制定した「筑波大学における軍事研究に関する基本方針」に基づき軍事研究は行わないこととしています。
今回の応募については、学内に設置した審査委員会において審査し、基本方針の趣旨に沿っているものと判断し、応募を可として決定しました。
審査においては、「研究が人道に反しないこと」「研究者の自主性・自立性が尊重されていること」「研究の公開性が担保されていること」「学術の健全な発展が阻害されないこと」を審査の観点としております。公募要領の記載から、本制度は他省庁が公募する競争的資金制度と同様の制度と考えています。
また、本申請の研究内容は新規材料に関する基礎研究であり、軍事兵器への応用を意図したものではないことを確認しております。
《具体的な質問にむけて》
つぎにより具体的な質問に移ります。貴学は2月19 日付けメールで私たちに対して次のように述べられました。
「本学においては、『筑波大学における軍事研究に関する基本方針』に基づき、軍事研究は行わないこととしております。今回の防衛装備庁『安全保障技術研究推進制度』における応募については、学内に設置した審査委員会において審査し、軍事研究に関する基本方針の趣旨に沿っているものと判断し、応募を可として決定しました。筑波大学」
上記のメールでふれられている審査の経過とその内容についてお聞きします。
《質問3》
装備庁による2 次募集の発表9 月13 日から締め切りの11 月13 日までのわずか2 か月で、藤田教授が応募を決意し、応募のための膨大な書類を作成し、それを審査委員会で厳正に審査されたのだと思いますが、短期間にどのように審査されたのでしょうか。応募の申請が出された日、審査委員会が開かれた日や回数、最終的に応募を認めた日、審査委員会の構成メンバーをお知らせください。
【筑波大学の回答】
審査委員会は10 月に開催しております。委員には事前に研究計画を送り、内容の確認を依頼し、委員会で意見交換の上、審議いたしました。また、申請に対して事前にヒアリングも行っております。
本審査委員会については、審査内容を非公開情報としておりますので、これ以上の回答は差し控えさせていただきます。
なお、本学では国立大学法人法等により公表事項となっている一部を除いては、同様に非公開として取り扱っているところです。
《質問4》
日本学術会議声明では「軍事的安全保障研究と見なされる可能性のある研究について、その適切性を目的、方法、応用の妥当性の観点から技術的・倫理的に審査する」ように要請しています。審査委員会の中で、「目的、方法の観点から」どのような「技術的・倫理的審査」をされたのかをお知らせください。
【筑波大学の回答】
《質問2》においてご回答いたしましたとおり、本申請の研究内容については、審査委員会において新規材料に関する基礎研究であり、軍事兵器への応用を意図したものではないことを確認しております。(以下質問3の回答下線部と同文の回答が書かれています。ここでは略)
《質問5》
次に上記学術会議声明の「応用の妥当性の観点」に関して質問します。藤田淳一教授の研究「高強度カーボンナノチューブを母材とした耐衝撃緩和機構の解明と耐衝撃剤の創出」で、教授は次世代炭素系超耐衝撃材創出をめざしており、それは様々な防衛装備品に活用しうるものです。とりわけ防衛装備庁は今、「世界に誇る日本のマテリアル・デバイス技術にフォーカスした研究に取り組み、世界が驚嘆する装備品の創製に挑戦する」としナノマテリアルに注目しています。だからこそ今回藤田教授の提案を採択し上限20 億円もの巨費を投じるのだと思います。
装備庁の公募要領でも「防衛分野での将来における研究開発に資することを期待し」としている以上、貴学の研究が将来どのような防衛装備品に活用される可能性があるのかを検討し、それが人道に反しないという結論を出さない限り、貴学の「基本方針」からも応募は認められないはずだと思います。その点についてどのように技術的・倫理的審査をされたのでしょうか。その内容をお聞かせください。もしされなかったとすればその理由をお知らせください。
【筑波大学の回答】
《質問4》の回答と全く同文の回答が記されています。ここでは略。
《質問6》
その審査の結果、貴学は防衛装備庁の安全保障技術研究推進制度が「研究者の自主性・自立性が尊重され」、「研究の公開性が担保されている」ものと判断されたのですが、その根拠をお聞かせください。応募要領にそのように書かれていることだけをもってそう判断されたのでしょうか。
【筑波大学の回答】
「研究者の自主性」については、本制度の公募要領に「研究実施主体はあくまでも研究実施者であることを十分に尊重して行うこととしており、PO(プログラム・オフィサー)が、研究実施者の意思に反して研究計画を変更させることはありません。」と明記しています。この制度設計は他の競争的資金と同様のものです。
「研究の公開性」については、本制度の公募要領に「防衛装備庁が受託者による研究成果の公表を制限することはありません。」と明記しています。この制度設計は他の競争的資金と同様のものです。
上記のことから、本申請は基本方針の趣旨に沿っているものと判断し、応募を可として決定したものです。
《質問7》
日本学術会議声明では「安全保障技術研究推進制度では、将来の装備開発につなげるという明確な目的に沿って公募・審査が行われ、外部の専門家でなく同庁内部の職員が研究中の進捗管理を行うなど、政府による研究への介入が著しく、問題が多い」と指摘しています。
とりわけ今、装備庁は、民生分野の優れた技術や、安全保障技術研究推進制度の成果を装備品の研究開発につなげるために経験豊かな目利きのPOが先進技術の成長性を分析し、技術の新たな使い方の提案も行い、新たな運用ニーズを掘り起こすとしています。
今後5 年間、装備庁のPO と定期的に話し合う中で、装備庁のニーズに応じて、強制的ではなくても研究が方向づけされれば「研究者の自主性・自立性」が侵食されると思いますが、そのような事態が絶対ないと言い切れるでしょうか。またもしそうなった場合はどうされるのでしょうか。貴学のお考えをお聞かせください。
【筑波大学の回答】
《質問6》において回答いたしましたとおり、本制度の公募要領に「研究実施主体はあくまでも研究実施者であることを十分に尊重して行うこととしており、PO(プログラム・オフィサー)が、研究実施者の意思に反して研究計画を変更させることはありません。」と明記しています。
さらに今回の採択課題については、研究機関が終了するまで、基本方針との整合性の確認を含め、継続的にフォローアップに取り組み、これらが守れていないようであれば、直ちに研究を中止することとしております。
《質問8》
大学は研究の場であるとともに教育の場です。今後5 年間藤田教授の研究室がこの研究を行えば、多くの院生や学生もそこに関わることになります。「防衛分野での将来における研究開発に資することを期待」され、防衛装備庁のPOが定期的に訪問する研究に、学生や院生が関わることについて貴学はどのようにお考えでしょうか。高等教育機関であるという立場からのお考えをお聞かせください。
【筑波大学の回答】
《質問2》において回答いたしましたとおり、本制度は他省庁が公募する競争的資金制度と同様の制度と考えています。なお今後継続的にフォローアップに取組むことで、学生や院生への関りについても注視していきたいと考えております。
《質問9》
貴学の基本方針では、あらゆる研究活動は「学問の自由及び学術研究の健全な発展を図るもの」でなければならないとされています。今回貴学は大学として初めて装備庁の大規模研究に採択されました。上限20 億円の予算が防衛予算から出されるわけです。しかしこの藤田教授の研究を民生研究として行うのであれば、科研費などの予算でなされることが、学問の自由及び学術研究の健全な発展にとって望ましいことは言うまでもありません。なぜ科研費ではなく安全保障技術研究推進制度に応募されたのでしょうか。また本来科研費などで取り組むべき研究を防衛予算で行うことは、学術研究の健全な発達を阻害しかねないと思いますが、いかがお考えでしょうか。
【筑波大学の回答】
《質問2》において回答いたしましたとおり、本制度は他省庁が公募する競争的資金制度と同様の制度と考えています。
他の競争的資金制度と同様に、募集機関の提示する研究テーマに合致したため申請したものであり、「学術の健全な発展が阻害されないこと」についても審査委員会における審査の観点として確認いたしております。
《質問10》
貴学の永田学長は国立大学協会の会長をされています。学術会議声明は「学術の健全な発展という見地から、むしろ必要なのは、科学者の研究の自主性・自律性、研究成果の公開性が尊重される民生分野の研究資金の一層の充実である」としています。このことは国立大学協会会長の立場でも強く政府に要請されていることと思います。
この間大学の運営費が削られ、また科研費なども伸び悩んでいる中で、「安全保障技術研究推進制度」の予算が増やされることは日本の科学・技術を歪めるものです。多くの大学が、研究費の枯渇に喘ぎながらも、「安全保障技術研究推進制度」に応募しないという姿勢を貫いているのは、それが米国防省DARPA の手法を取り入れたものであり、そこに民生研究の軍事利用を常態化させ日本の学術のパラダイムを変える危険性が潜んでいるからです。
国立大学協会は政府に対し、すべての国立大の総意として、「学術の健全な発展」のための科学・技術政策を要請していくべきではないでしょうか。ご存知のように多くの国立大学がこの制度への応募自体を否定している中で、大学として初めて防衛装備庁の大規模研究資金を獲得したことを国立大学協会会長の立場でどのように考えられているのか、お考えをお聞かせください。
(この質問については事前に永田学長のお考えを担当の方に伝えていただき、当日、その回答を口頭でお伝えいただきますようお願い申し上げます。)
【筑波大学の回答】
本申請はあくまで本学としての判断であり、国大協会長校であることとは別のことと考えております。また本制度への申請については、各大学において各々の方針・基準に基づき判断されるものであり、本学はそのことについて回答する立場にございません。
国立大学協会会長としての回答は、この場では応じかねます。
《3月11日の申し入れの際の追加質問》
本制度の公募要領において、「防衛分野の将来における研究開発に資することを期待し」と記載がある以上、研究成果が軍事に使われる可能性はあるということである。防衛装備庁に対して、「研究成果が軍事研究に使われない」という担保を取っているのか。この点について、担保を取るのか取らないのか、今後検討するのか、3 月21 日(土)を目途に文書で回答していただきたい。
【筑波大学の回答】
本制度の研究成果については、公募要領に「防衛装備庁が受託者による研究成果の公表を制限することはありません。」と記載のあるとおり、防衛装備庁に制限されることなく広く一般に公表されるものである。その時点で、民間企業等も、大学等研究機関も、防衛装備庁も等しく研究成果を利用できるものであり、研究成果が利用されないという担保を取ることはできない。それは他の競争的資金制度での研究成果においても同様のことである。
上記のことから、研究期間中については、基本方針との整合性の確認を含め、継続的にフォローアップに取組み、これらが守られていないようであれば、直ちに研究を中止することとしているものである。
軍学共同反対ニュースレター No. 42 (2020年3月25日発行)より転載