―2016年度「安全保障技術研究推進制度」の採択結果の発表にあたって―
さる7月29日、2016年度の防衛省「安全保障技術研究推進制度」の採択結果が発表された。これについていくつかの注目点・問題点を指摘し、私たち軍学共同反対連絡会準備会は引き続き闘い続けることをここに表明する。
最大の注目点は、今年度の応募数が44件(大学等23件、公的研究機関11件、企業等10件)と、昨年度の応募数109件(大学等58件、公的研究機関22件、企業等29件)に対し、激減したことである。制度発足2年目で昨年度より研究者層に浸透していること、今年度は年間3000万円以下のAクラスと1000万円以下のBクラスに分けて応募しやすい条件を整えたことを考えれば、応募者が増加すると予想された。だが、案に相違して昨年の半分以下となったのである。
その理由として、軍学共同の危険な側面が広く社会的に認識されつつあることが挙げられる。それはすなわち、日本国憲法の平和主義の精神がなお強く社会に根づいていることを意味する。
さらに、大学を軍事の下請けにする軍学共同の危険性を広く伝え行動してきた私たちの運動が一定の功を奏したと解釈しても構わないだろう。また、昨年の春から秋にかけて日本全土を大きく揺るがした、「安全保障関連法案」に反対する運動も、研究者たちに大きな影響を与えたであろうことも考えられる。一部の全国メディアや地方紙の誠実な報道も、科学者に今ひとたび熟考する機会を与えたと推測する。この制度は研究者からそっぽを向かれたのである。
私たちは応募数がゼロになってこの制度が立ちいかなくなるまでを目指している。これが、今の安倍自公政権のもとで、軍国主義化へ暴走していることへの、大学人の最大の反撃となると考えるからである。私たちはなお一層の軍学共同反対運動を広げる決意である。
本声明発表にあたり、改めて大学教員、研究者、そして市民の方々に訴えたい。
まず、軍学共同を考えている研究者は、研究費の不足を安全保障技術研究推進制度により解消しても、それは研究者としての人生を狂わせるものでしかありえないことを知るべきである。防衛省は、原則公開や、デュアルユースなどのソフトな語り口で軍事研究に誘いかけている。だが、行き着く先は独善的な御用学者に堕することである。研究結果の発表には防衛装備庁の同意なり承認を得ることが必須であり、それは必ず秘密研究に結びついていく危険性が高い。その結果、研究成果を研究者仲間に知られないまま学会からは消えてゆく運命にある。また、採択されるような応募書類を書くことになり、防衛省に媚びる軍事技術にのめりこむ思考回路にはまり込む可能性も否定できない。心身ともに軍事研究に染まっていくのである。
採択が決まった大学教員は、その研究に学生や院生を巻き込んでゆくことは必至であろう。これによって軍学共同を当然とする若手研究者が出現するようになり、大学は内部から蝕まれていく。この問題は教員だけではなく学生や院生の問題でもあり、大学内で彼らの意見も尊重されねばならない。また個々の研究者の「研究の自由」という問題ではなく、大学の研究や教育のあり方の本質に関わる問題として、大学全体で議論すべきである。
日本学術会議において「安全保障と学術に関する検討委員会」を立ち上げた大西隆会長は、私見としながらも、かつての決議を出した時期から条件が変わり、個別的自衛権のための基礎研究は是認されると繰り返し発言している。この言葉ほど空疎な言葉はない。まず明確に言っておかねばならないことは、学術の世界には「誰のための、何のための学問研究か」と守るべき学術の原点というものがあり、それは世間や社会の条件変化とは無関係であるということである。それが研究者・学者としての矜持であり、それを失って社会に迎合していくようでは学者としての資格はないと言えよう。
さらに今政府は、集団的自衛権の行使容認を閣議決定し、立憲主義を踏みにじって安全保障関連法まで「決めて」いる。もはや防衛省の軍事研究は個別的自衛権の枠内に収まらない。ポーランドに侵攻したナチス・ドイツや、中国大陸において展開した日中戦争すら、軍事政府は「防衛戦争」と言ったように、侵略戦争すらも「自衛・防衛」の名で開始されたことを思い出せば、この一点の無知と妄言をもってしても軍学共同の危険性や問題点が一層明らかとなる。加えて、4月1日に閣議決定された政府答弁書では、「憲法の枠内では核兵器の保有および使用が禁止しているわけではない」との驚くべき内容を含んでいる。このままゆけば核兵器開発の研究すら「自衛の名において」行いかねない。
私たちは、2016年度研究課題が採択された5大学(北海道大学、大阪市立大学 、東京理科大学 、東京農工大学 、山口東京理科大学)およびその直接の申請者に強く抗議の意思を表明するとともに猛省を求めたい。また昨年度に採択され、本年も継続している4大学(東京工業大学、東京電機大学、神奈川工科大学、豊橋技術科学大学)に対しても同様である。科学者としての誇りと節操はどこへいったのであろうか。大学の研究者としての倫理規範が鋭く問われているのである。研究所や企業の研究者も同様である。今回採択された家電等をつくる企業も、軍事に傾斜し「死の商人」企業となっては、いずれ消費者・国民からの強い反発を招くことを覚悟すべきだろう。
2016年度採択が決まった段階にあたり、私たち軍学共同反対連絡会準備会は、大学教員・研究者はもとより、広く平和を愛する国民・市民の方々も、軍学共同に携わろうという研究者に、そして当該大学に、抗議の声をあげられるよう訴えるとともに、「安全保障技術研究推進制度」への申請がゼロになるまで引き続き闘い続けることを再度表明する。
2016年8月1日
軍学共同反対連絡会準備会(世話人:池内 了・野田隆三郎・香山リカ)