3月7日、日本学術会議の「安全保障と学術に関する検討委員会」は、4月の総会にかける新声明案を、原案を一部修正し採択した。採択された新声明案は3月9日、日本学術会議のホームページに掲載された。それを受けて、本日、新声明案の意義と評価、および今後の課題についての軍学共同反対連絡会の見解を発表する。この見解が新声明案の理解を深めるのに役立つことを期待するとともに、4月13日からはじまる学術会議総会で、これらの論点を踏まえた深い議論がなされ、市民が注視するなかで確実に声明が採択されることを訴える。
昨年6月、日本学術会議(以下、学術会議)は「安全保障と学術に関する検討委員会」(以下、委員会)を発足させ、防衛省が創設した「安全保障技術研究推進制度」が大学等の研究機関(以下、大学等)での研究や教育の在り方に及ぼす影響などについての議論を毎月積み重ねてきた。11回に及ぶ委員会審議と学術フォーラムを経て、3月7日の委員会は、大学等の科学者の軍事研究への関わりについて、軍事研究を禁止した1950年、1967年の「2つの声明を継承する」とした新声明案を採択した。それは今後、学術会議幹事会を経て、4月の学術会議総会で学術会議の総意に基づく声明とするよう提案される。
この問題は、新声明案の採決に関わる210名の学術会議会員だけの問題ではない。この声明案をどのように受け止めるのか、科学者コミュニティ、さらには社会全体の検討課題でもある。そのような検討課題の深まりに資するために、以下8点にわたり、新声明案についての軍学共同反対連絡会としての見解を表明する。
1)自衛のための軍事研究は認められるべきとの意見も出されるなか、委員会は議論を尽くし、軍事研究を禁止した1950年声明と、1967年声明を継承するという声明案にまとめあげた。今後、学術会議総会が2つの声明を継承することを50年ぶりに再確認するとすればその意義はきわめて大きく、それを提案した委員会のご努力を多としたい。
2)新声明案は、1950年声明と1967年声明の核心を「戦争協力への反省」と再び同様の事態が生じることへの「懸念」と捉えた。そして、学問の自由及び学術の健全な発展のために、「戦争を目的とする(軍事目的のための)研究には絶対に従わない」ことを決議した過去の2つの声明を「継承する」とした。政府が研究資金をテコに科学者を軍事研究に動員しようとしている現在、科学者がいかにこの立場を「継承」し、実効性を高めていくかが問われている。
3)この声明案の論点の基軸は、自衛権の範囲などをめぐる国論を二分する議論ではなく、学術の健全な発展にとって軍事研究が大学等に及ぼす影響に据えられた。新声明案では、学術の健全な発展を通じて社会の負託に応えるためには学問の自主性・自律性、公開性が担保されねばならないことが謳われた。すなわち、憲法第23条で保障されている「学問の自由」がその根幹にある。「学問の自由」とは、学問が国家権力の介入を受けないという意味であり、個々人が勝手に研究をしてよいという意味ではないことも確認された。
4)新声明案の合意に至った背景には、委員会、部会、総会といった学術会議全体を通じた真剣な議論の積み重ねがあった。それとともに、2月4日に開催された学術フォーラムでの私たち軍学共同反対連絡会を含めた研究者や市民からの意見の直接的表明や、いくつかの学協会からの意見表明、マスコミによる熱心な報道、全国の研究者や幅広い市民の平和への強い思いを示した署名運動の広がりがあった。
委員会の中で、「自衛のための研究は認められるべきだ」という議論があったが、上述した広範な人びとの声を背景に、委員会はその意見を排し、この新声明案を採択したのである。
5)新声明案は、防衛省の「安全保障技術研究推進制度」について、「政府による研究への介入が著しく、問題が多い」と正面から否定的評価を下した。過去の2つの声明では明示されていなかった政府による介入が学術の発展にとって大きな問題であるという点を指摘し、2つの声明を発展させる道筋を示したことは重要である。
確かに新声明案には「安全保障技術研究推進制度」の撤廃や、応募自体の禁止は明記されていない。このことから、「倫理委の手続きを経れば応募は解禁されるのではないか」という懸念も生み出されている。しかし、もとより学術会議は、制度への応募を禁じる強制力を持たない。しかも上述したように委員会内部にも自衛のための研究を進めようという意見があり、応募禁止で合意することは困難だった。もし何らの合意もできなければ、この問題に対する学術会議の主体性は完全に失われ、既成事実化が進行していく。そこで新声明案は制度自体ではなくそれがもたらす結果、そしてその運用の問題に焦点を当て、軍事研究が学術と教育に及ぼす弊害を記し、それが打開できないものであることを示し、可能な最大限の表現を用いて実質的に応募をなしえないものとする方針を打ち出したといえる。
1967年の声明以降、学術会議が会員の選挙制度から推薦制に変わり(1984年)、学術会議法が改定された(2005年)。新体制の学術会議になってからというもの、これまで頻繁に出されてきた戦争や人類の平和の問題、核兵器廃絶、核兵器開発への抗議、科学による国際貢献のような課題をとりあげなくなった。そうした流れの中で米軍資金を用いた研究も含めた軍事研究がじわじわと浸透し、過去の声明の精神が骨抜きにされてきた。そして今、防衛装備庁が「安全保障技術研究推進制度」に110億円もの巨費を投じ、金で研究者を軍事研究へ動員しようとする中で、新声明案はいわば崖っぷちから態勢を立て直し、過去の2つの声明の精神を継承し実現するための第一歩となると私たちは考える。
6)新声明案は、研究の適切性に関して科学者コミュニティにおいて共通認識が形成される必要があること、そのために大学等、学協会、そして科学者コミュニティが社会と共に議論し考え続けていくべきこと、その議論に資するために学術会議が率先して検討を進めていくことを誓っている。大学等の多くが軍事研究への諾否を明確にしていない状況の中で、新声明案は大学等の行動倫理の議論に大きな影響を与えるであろうと考えられる。
7)新声明案はさらに、「学術の健全な発展という見地から必要なのは、科学者の自主性・自律性、研究の公開性が尊重される民生分野の研究資金の一層の充実である」として、大学等での研究費の窮状を告発している。民生分野の研究資金を充実することが今日の日本の学術発展のために求められており、市民とともに力を合わせて打開すべき喫緊の課題である。
8)この新声明案は今後の軍事研究禁止の実効性を高めるための取り組みの出発点となるだろう。この新声明案と一体をなしている「報告書」も新声明案の理解に不可欠のものとして扱われることが望まれる。
私たちは、学術会議総会において、すべての学術会議会員が新声明案の意義を確認し、賛成していただくように望む。
そして、今後、軍事研究と見なされる可能性のある研究について、大学等、また学協会がその適切性を厳格に審査する制度やガイドライン等を設け、実効性のあるものにしていくことを強く求めたい。
さらに学術会議に対しては、この声明の趣旨を広く社会的に明らかにするように全国各地でフォーラムなどを行うとともに、学術会議の常設委員会でこの問題を継続して議論していくことを要請する。
私たち軍学共同反対連絡会は、この新声明案をテコに軍事研究反対の声をさらに広げ、防衛装備庁の「安全保障技術研究推進制度」の撤廃を目指して今後も力を尽くすことを表明する。
以上
2017年3月15日
軍学共同反対連絡会共同代表 池内了,野田隆三郎,西山勝夫